。。。。。。。

 

本当は24日にって思っていたが。。。。。

 

つくづく今更ながらパソコン教室にでも行きたくなる。

でもまあなんとかなってるから、よしとする。

今回今から書くことはこのブログに書くべきか悩ましいとこだが、

自分の思いを残しておくのに、まあ、ここがいいだろう。

実店舗に向けてのページでもいいんだが。。。

たまにはここに仕事とは関係ないことを書いておいてもいいだろう。

めっちゃ長くなりそう。。。w

すでに前置きもながい。。。ww

 

9月24日は亡母の命日だ。

母は56だった。生きていたら、80になる。

母は自殺だった。

鬱病になって数年、また鬱だけでなく、躁鬱も繰り返した。

大学をでて就職した私は母がおかしくなってすぐに会社を辞めた。

最初は鬱病なんて思っていない。

ただ、母の様子は尋常ではなくおかしかった。

まず、父を遠ざけ代わりに私にものすごい執着した。

異常なくらい私を離さなかった。

初めは無我夢中だし、どんなことも耐えたが、毎日となるとさすがに辛すぎた。

それを書いたら終わらないであろうと思うくらい、いろんなことがあった。

自殺され悲しみは言葉に表すことができなかったが、とりあえず、

母の看病に終わりを告げたのは確か。

鬱病患者は自殺するからと言われ、もちろん、心配で心配でしかたなかった日々。

母はもちろん死にたがっていた。

躁になると鬱の時の気持ちをきちがいのように語るのだ。

来る日も来る日もそんな母と一緒にいて辛いってもんではなかった。

これをもし読む人の中に奇跡的に今まさに鬱を看ている人がいて、

役にたたないにしても読んで共感し、なにか感じてもらえればという想いも密かにある。

とにかく人に話したことが今までなかった。当時の辛かった日々を知っている人も少ない。

つらくてつらくて逃げ出したかった。

でも死にたがる母と死にたいとは思っていなかった。

それより、死なせてはいけないと必死だった。

母が父を寄せ付けずにいたから、ほとんど私ひとりでかかえていた。

兄も心配はしていたが、どうすることもできなかった。

ある日私は初めて『どうにもならなかったら死のう』って思った。

母を残してとか残しては死ねないとか、そういうことでなく、

ただ単に死んじゃえばいいや。死んだらわかんないし。

そう思えた時、心底楽になった。

でも、結局母に死なれて終わった。

後悔してもしきれないほど悔やみ、これ以上涙がでないくらい泣いた。

勝手に溢れ出る涙ってこういうものかと思い知った。

母を亡くしてこの世に絶対なんてないって知った。

また、幸せとか平和ってあっという間に目の前から消えるってことも知った。

本当の意味での健康や幸せってなにかも、知った気がした。

母の歳までは生きたいって思って生きてきた。

二年半前の春、私は高速道路で危うく大事故を起こすとこだった。

運転中運転することができなくなり、やっとの思いで車を停めた。

あの時停めることができなかったら、死んでいたかもしれない。

その時私は左耳の聴力を失った。

でもこうして生きている。

感謝しなければ。。。

生きていたらいろんなことがあるのは当たり前。

いいことも悪いこともある。

今日を精一杯生きないと。

今日仲良くしていた友人から乳癌を患っていることを聞かされた。

最近ご無沙汰だし、なんだか無性に顔がみたくなったから不思議だ。

 

健康ほど尊いものはない。さて明日からも頑張ろう。

今日って日は二度とこないんだから。。。